『染めた後も次に繋げる』福井プレスが目指す循環型社会
- 福井プレスさんについて教えていただけますか?
福井氏:当社はもともとクリーニング業からスタートしました。私は福井プレスの3代目をやっているのです が、私の代になってからクリーニング事業から染色事業へとシフトしてきました。実は、私は元々 染色の分野でサラリーマンとして働いていて、その経験を活かして染色事業を始めることに決めました。クリーニングと染色の設備はかなり似ているので、両方の事業をうまく共存させることができると思い、転換を決めました。
福井プレス代表:福井 伸氏
- 3代目ということは、かなり昔から事業をされているんですね。
福井氏:はい、創業から86年の歴史があります。最近では20代や30代の若手社員も増えてきて、みんなで100年企業を目指して頑張っています。
- 86年の歴史はすごいですね。福井さんは家業の歴史を守るためにこの仕事を選ばれたのですか?
福井氏:基本的には、自分から選んだというよりは、私は氷河期世代で就職が非常に厳しかった時代だったので、家業があるから入ったという感じです。ただ、家業を継ぐだけでは発展が難しいと感じ、25、6歳のときにクリーニングと染色を融合させるアイデアを思いつきました。一度外で染色の仕事を経験し、その知識を活かして両方の事業を組み合わせることで、新しい事業をスタートさせました。このアイデアが今の事業の基盤になっています。
- 染色を事業に取り入れる際、先代からの反発や苦労はありましたか?
福井氏:先代の父はあまりこだわりがなく、私がやっていることにはあまり関心を持っていませんでした。 よく聞かれるのですが、実際にはそんな反発は全くありませんでした。父は私が何をしているかをあまり理解していないまま、私が徐々に主導権を握っていったのが実際のところです(笑)
結果的に、現在の状況を見ると、もしクリーニングだけを続けていた場合、経営が難しくなっていたかもしれません。しかし、染色事業を導入することで、工場の設備はそのまま使い続け、クリーニングと染色のターゲットを変えるだけで済みました。意外にも、染色とクリーニングの相性が良かったんです。
染色とクリーニングは一見相反する事業に思えますが、実際には同じ機械でクリーニングを行い、その後に染色を施すという方法で、うまく融合することができました。機械の使い分けは必要ですが、染色工程中に洗浄が必要な場合はクリーニング用の機械を活用して、効率よく設備を使っています。
- 福井プレスさんでは個人向けの染色も手掛けていますが、どのようなきっかけで始められたのですか?
福井氏:会社が10年目くらいのとき、小ロットでの生産をしていたところ、個人の方から「個人でも染め直せますか?」という問い合わせが増えてきたんです。当時は「もったいない」という言葉が広まりつつあり、それが今の染め直し事業の基盤を築くきっかけとなりました。個人の方からの依頼を受けて、個人の服を染め直すことを始めました。
普通の染工場では一般の方から衣服を預かって加工するノウハウがないのですが、私たちはもともとクリーニング業をしていたので、個人の方から服を預かって加工し、お返しするノウハウがありました。それに加えて、染めるだけでなくプレスまでできるのも強みでした。この形が今の古着を染め直す事業にぴったりハマりました。ただ、最初からそれを狙っていたわけではなく、やり始めてから結果的に上手くいった感じです。
最初は個人の方からの問い合わせが少なかったので、あまり注力していませんでしたが、問い合わせが増えてきて、多くの方が求めているのかもしれないと思い、思い切って受けるようになりました。それが12、3年前の染め直し事業のスタートでした。
- 廃棄物を使った染色の取り組みも印象的ですね。
福井氏:はい、もともとはアパレル向けの染色事業を約25年間続けていました。しかし、コロナ禍でアパレル業界の需要が大幅に減少し、事業が停滞してしまいました。そんな時期に、妹が東京でコーヒーの焙煎を始めたんです。
私がプライベートでその焙煎の様子を見に行ったとき、焙煎過程で出る廃棄物に気づきました。これが染色に使えるかもしれないと思い、それを持ち帰ったのが廃棄物を使った染色事業のきっかけです。
コーヒーの廃棄物を使った染色方法が確立されると、さまざまなところから「うちの廃棄物でも染められないか?」という問い合わせが増えてきました。特に印象的だったのは、食品業界からの依頼で、廃棄食品の中にアボカドの皮が含まれていたんです。これを染色に使ってみたところ、驚くほど美しいピンク色が出ました。
この成功を受けて、他の素材の廃棄物を使った染色にも挑戦し、現在の取り組みにつながっています。
※染色の材料となる廃棄コーヒー
- キノコの菌床栽培も手掛けられていますが、元々の事業とは関係なさそうなのに、どうして始めたんですか?
福井氏:実は、コーヒーの廃棄物を使った染色を始めたとき、その残りカスをどうにか再利用できないかと考えたのがきっかけです。染色で終わらせるだけでは新たな産業廃棄物が生まれてしまいますよね。そこで調べてみたところ、ヨーロッパではコーヒー粕でキノコの菌床栽培をしている事例があると知り、これを取り入れられないかと考えました。
ちょうど近畿大学にキノコの研究をされている教授がいらっしゃり、その方と産学連携で共同研究を始めました。今では、コーヒー粕と麦芽を使ってキノコの菌床栽培ができるようになり、地域のコーヒー店やクラフトビール店から原料を提供していただいています。
「染める、食べる、循環する」というコンセプトを掲げた新ブランド「染食還」も立ち上げ、今後はワークショップやイベントでの提供を通じて、SDGsの取り組みやキノコの可能性を広めていこうと思っています。
※コーヒーの廃材がキノコになるまでを解説したオブジェ
※菌床で制作したランプシェード(左)と時計(右)
- 染めて終わりではなく、最後まで循環できる仕組みを考えているのがとても魅力的です。 最後に福井さんの中で、最終的な目標などがあれば教えていただけますか?
福井氏:正直に言うと、日々自分たちに何ができるのか探っている状態なので、最終的な目標を一言で言うのは難しいですが、キノコの菌床栽培には廃材を再利用できる大きな可能性を感じているので、それを形にしたいと思っています。また、コーヒー業界との連携も大事な取り組みです。最近、コーヒー染めのインストラクター養成コースを開講しました。このプログラムは、コーヒー豆を扱っている人たちが自分たちのお客さんにコーヒー染めのワークショップを提供できるようにするものです。これにより、コーヒー屋さんは廃棄物を再利用できるようになります。
これまで自分たちが直接ワークショップを開催していましたが、新たな視点での提供が好評をいただいています。また、地方の方々からの参加希望が多かったので、オンラインでのワークショップも始めました。SNSでの反応も非常に良く、多くの注文をいただいています。これによって、コーヒー業界との関わりも深まり、今後の展開にさらに力が入る形になっています。
まとめると、廃材の再利用や新たな染色技術の普及を通じて、環境への配慮と新しい価値の創造を目指しているというのが現時点での目標です。
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